南アルプス山麓探訪

諸沢入熊穴

CATEGORY:自然

南アルプスでは貴重な鍾乳洞ネタ、再びです。

前々から知っていたけれどやっと行ってこられました。

今回は当サイト初なのですが、職場の同僚2名に興味を持っていただき、異例のパーティーで山行してきました。

ありがとう、高木さん、工藤さん!

サイトに載せていないものが非常に多くてご両人に申し訳ないですが、動画・写真を数多くご提供いただきました。

今回は旧長谷村の尾勝谷にある「諸沢入熊穴」がテーマです。

探索しようと思った元々は長野日報さんの2012年の記事(http://www.kyodoshi.com/news/8813/)において、尾勝谷に鍾乳洞がある事を知ったのがきっかけですが、この記事では尾勝谷にあると書いてあるのに河川名が戸台川(尾勝谷の一本北の河川)となっています。あれ?

今回の探索は文献の調査がしっかりできておらず、今後なんらかの訂正をさせていただくかも知れません。それでも、尾勝谷にそれ相応の洞窟があるのではないかと、今回調査してきました。今見ると長野日報さんの記事の物とまったく違うのですが…

ちなみに、戸台川は有名な幕岩・白岩、幕岩の下を流れるイワンヤ沢と、南アルプスを縦断する巨大な石灰岩層が貫く地帯であり、正直言って人知れぬ巨大な鍾乳洞が存在する可能性が非常に高い場所でもあります。

この巨大な石灰岩層は山を幾つも貫いており、地蔵岳、当サイトで紹介している丸山のカンバ山の鍾乳洞、最後には小瀬戸谷に至るまで数々の断崖絶壁、絶景を織りなしています。

以上のように今見ると資料的にちょっと確証に掛ける山行(だいぶ前に長野日報さんの記事を見たので自分の思い込みも大きかった)であったものの、今回の鍾乳洞探索の根拠としては、「黒河内谷右衛門著 入野谷の伝承」(1975年1月1日発行)136頁にある記述が、ほんの数行ながら心に響くものがあったからに他なりません。

   そのうち、偶然のことで、『黒河内史料』の中に、「鍾乳石御用に付おかちの内諸沢入熊穴を詮義を遂げ鍾乳石を取出差上候は奇特之至賞美筋申渡状」という文書のあるのを見つけだしました。そして、この《宗喜の熊穴》というのは、この文書にある、黒川の上流の尾勝谷おかちだにの鍾乳洞の諸入沢熊穴のことで、黒川というのは、黒川の部落のことでなくて、黒川川のことであるのだと気づきました。

長野日報さんの記事にあるのは上述の文献にある《宗喜の熊穴》なのかな?

こちらは引用元の内容から察するに、鋸岳に端を発する「熊の穴沢」にありそうです。これは是非行ってみなくては。

古い書籍ですが、著者さんが確証を得る機会がなかった、と記述しています。まあ場所が場所なだけに、気楽に行けるような場所ではありません。

さて、今回行ってきた「諸入沢熊穴」の紹介をしてきましょう。

まずは、尾勝谷名物の大堰堤越え。釣り師にはお馴染みですね。

この谷は割りと簡単に原生林を楽しめます。しばらく沢登り。

沢からの登り出し。石灰岩の岩壁に期待を募らせます。

こちらが尾勝谷の「諸入沢熊穴(推定)」。上から見下ろしてみたところです。

工藤さんが熊穴の奥を見ているところ。

こちらはちょっと高木さんが入っているパノラマ画像。

そしてこれが、「諸入沢熊穴」の全景写真です。

洞窟の天井部のパノラマ。竪穴が長く続いています。

そしてこれが穴の最深部。まさに出来かけの洞穴。正直、これレベルなら他にもあるんだが…それでも大岩壁の下にこれだけの大空間と形成中の鍾乳洞があるのであれば、夢が広がります。

大岩壁沿いに登って行くと、ロッククライマーの痕跡が至るところにありました。

さらに岩壁沿いに登って行きます。

ロッククライマーの人たちすげぇ…こんな岩壁をよく登れますね。

尾勝谷の石灰岩の岩壁で、普通に歩いて登れる(ほぼ)最上部にあったロッククライマーの痕跡。

ロッククライマー達のようなことはとてもできませんが、岩壁の彼方にロマンを感じました。

WRITER

さわ
澤崎文仁sawasaki

1982年7月14日生まれ。伊那谷の町中で育つも山奥出身の親父に連れられ幼少の頃より山教育を受け、すっかり自分も山男になってしまった罠猟師。キノコ採りが一番好きだけれど、渓流釣り・山菜採り・登山・ふらふら冒険などまったり楽しんでいます。最近はハンモック泊がマイブーム。休日といえば山。