仙丈ヶ岳に端を発する三峰川の源流近くに、岳沢という支流があります。
国土地理院の二万五千分の一地図を見ても河川名は記載されていませんが、兎台谷の一本北側の沢がそれです。
岳沢は三峰川の源流部約1,890m地点に入口があり
大仙丈ヶ岳2,975m間の1,000m超の岩壁を上る谷である
仙丈ヶ岳一帯は四万十帯の砂岩と粘板岩が繰り返す地層である
岳沢の2,100mから2,450m間がソーメン流しの滝で
堅い砂岩の逆層が重なっている
地層の走向は北東-南西で南東に急傾斜するから
北西側斜面が急崖となり、冬季には氷が張りつき
堅い砂岩に亀裂ができ、岩塊を生じやすい
天竜川上流域の谷と渓
(出版 – 国土交通省 天竜川上流河川事務所 平成17年) 54頁より引用
岳沢越しとは、三峰川源流部西側の丸山谷にある南沢の最深部から、丸山(標高 2,223.9m)南側の鞍部を越え、岳沢へピストンすることを言います。
鞍部への上りの標高差が約1,000m、三峰川への下りの標高差が約200m。日帰りのつもりだとちょっとごしたい(疲れる)行程ですね。
かつては猟師、源流釣り師が盛んに行き来したコースではありますが、現在では相当マニアックな山行の一つです。
この岳沢越し、昔の三峰川源流部はかつて2尺級のヤマトイワナが(ゴロゴロとまでは言えないが)いたので夜でも通ったなんて話が残っています。昭和初期の猟師たちはカモシカの密猟にも利用していたようですね。そんな豪傑な古老たちもとっくに亡くなっていますが、現在でも地元の猟師たちからは、このルートに纏わる面白い話を聞くことができます。
塩平集落周辺の出身の猟師たちに話を聞くと、仙丈ヶ岳南部のこの山域にはそれはもう素晴らしい沢・淵がごろごろあったようですが、三六災害や昭和57、58年の台風などによりすべて埋まったり流されたりしてしまい、実を言うと渓流釣りが最もアツかった時代の名残はほとんど残っていません。丸山谷の北沢においても68cmオーバーのイワナの記録が残っていますが、山や沢の荒廃と釣り師の増加により、今ではそんなイワナを拝むことはできなくなってしまいました。この記録もかなり古いものですが。後述する南沢の飯場で働いていた山師たちが魚毒を使い、一時は南沢・北沢ともにイワナが姿を消した時代までありました(川の苔や草木まで枯れ果てたとか)。
植生に関しても、南沢周辺も大々的にカラマツが植林されていますが、土地が痩せてしまって下草もあまりない状態であったりします。
前置きが長くなってしまいましたが、そんな歴史ある岳沢越し(の半分だけ)に行ってきたのでまとめてみます。
今回、昔のルートの印(ピンクテープ)が消失したりわかりづらくなっていたこともあり、敢えて違う尾根から鞍部まで行ってみました。なのでタイトルには「別ルートの探索」とつけてあります。いずれは正ルートを辿ったものを紹介するつもりなので、今回はおまけのつもりで見てください。なかなか行ける機会がないのが残念。
行ってみたい方が閲覧しておられればお伝えしておきたいのですが、この辺の山は中腹に岩盤が露出していることが多く(変なところに出ると動けなくなる)、上りの沢の上部も崩落が進んでいます。源流の釣行に慣れている方なら良いですが、単にちょっと釣り行ってくるぞ、というつもりで行くにはとても危険なルートなのでご承知おきください。
また、岳沢は水が少なく釣りに不向きです。もし行ったとしても兎台谷か三峰川本流で釣果を期待する方が良いでしょう。
今回、久々に父と同行。
父も塩平集落出身の猟師です。
何しろ生まれ育った土地なのでどんな深山へ行っても自分の庭のような感じ。
まずは南沢を遡行し、岳沢越し入口の目印となる飯場跡を目指します。
途中で南沢が二手に別れているので、北の支流へ向かいます。
最初のうちは目印(ピンクテープ)が多く昔の林道へ続いているので、迷うことはないでしょう。
今回は林道まで巻かずにショートカットしたのでのっけからルート途中にある崩落跡を横切っています。
林道跡に出ました。
飯場跡に到着。
南沢上流部に残るかつての山師たちの飯場跡。
ここで生活し木々の伐採やカラマツの植林を行っていました。
大量にイワナを獲るために魚毒を使い、一時、沢のイワナたちは全滅してしまったと云います。
岳沢越し - 飯場跡 - Spherical Image - RICOH THETA
飯場跡のすぐ裏にはほとんど枯れた滝があります。
飯場跡の前後数十mは沢の水が地面に潜っています。
カモシカに出会いました。
この真っ白なナギのある場所でさらに南沢が二手に分かれています。
ネットで岳沢越しの記録を調べてみると、ここからルートを間違ってしまうケースが大多数。
ちなみにこの分岐は右手の沢が正解ルートです。
右手の沢に入るのはいいんだけど、目印がほとんどなくなっちゃった??
というわけで、今回は正ルートでない尾根でも行けそうだったので、探索がてら登ってみることになった訳であります。
うん、さっそく歩きづらそう。道がない上に石と倒木と根っこだらけです。傾斜もそこそこキツイ。
テンカラ(天然カラマツ)が多いですね。
岩盤が露出してきました。
沢の分岐点の登りだしが標高1,640m、ここは標高1,880m地点です。
登っている尾根の最高点が標高2,220mなので1/4ほど登ったところ。
まだ先は長いのに…
傾斜はこんな感じでした。
休憩できた場所で撮ったので実際はもうちょっと急かな、くらい。
登りはいいけどザイルを持っていなかったので下りはちょっと遠慮したいところです。
大体、こっちはロッククライミングとかするくらいの山屋ではないので、一面の岩壁なんか現れたらアウトです。
無事、標高2,000mくらいで岩だらけの斜面を抜けました。
ところが今度はシャクナゲ、シラビソなんかの幼木が繁茂していて藪漕ぎ状態。
写真の場所はまだ先が見えますが、歩きづらい上に先が見えない。
登ったのはGW中ですが標高2,100mを超えると沢が凍っています。
休憩のたびに指先がかじかみます。
ここから少し登って標高2,200mの尾根へ出た訳ですが、もともと日帰り行程のつもりでアタックしていたので食料も水分もまったくと言っていいほど持っていませんでした。当然ビバーク装備もなし。残念ながら三峰川へ降りるルートを探索中に時間切れしてしまい、慌てて下山しました。
今回歩いたルート。
尾根上では岳沢か兎台谷へ降りられるルートを調べるためぐるぐる歩いてしまいました。
風倒木が多く、とても荒れていて歩くのが大変。東側斜面(三峰川側)は幼木が繁茂していてとてもまともに歩けません。
体力が底をつきかけているやら絵にならないやらで、尾根上の様子を撮影してくるのを失念してしまいました。
結論としては、正しいルート以外では単純に労力に見合わないということがわかりました。
うまく鞍部を越える岳沢越しルートを作った昔の山師は偉大ですね。
一応、南沢の二番目の分岐を北に遡上するルート、南沢ではなく北沢から越えるルートもあるにはあることを添えておきます。
どこもごしたいですが。